奈々子へ  吉野弘    

【2008年03月12日】

    姉ちゃんの好きな詩・・・です
    奈々子へ  吉野弘
赤い林檎の頬をして 眠っている奈々子
お前のお母さんの頬の赤さは
そっくり 奈々子の頬にいってしまって
ひところのお母さんの つややかな頬は
少し青ざめた
 
お父さんにも ちょっと酸っぱい思いがふえた
唐突だが 奈々子
お父さんは お前に多くを期待しないだろう
 
人がほかからの期待に応えようとして
どんなに自分を駄目にしてしまうか
お父さんは はっきり知ってしまったから
 
お父さんが お前にあげたいものは
健康と 自分を愛する心だ
 
人が人でなくなるのは 自分を愛することをやめた時だ
自分を愛することをやめる時
人は他人を愛することをやめ 世界を見失ってしまう
自分があるとき 他人があり 世界がある
 
お父さんにも お母さんにも 酸っぱい苦労がふえた
苦労は 今は お前にあげられない
 
お前にあげたいものは 香りのよい健康と
かちとるにむずかしく はぐくむにむずかしい
自分を愛する心だ

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